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PTSDから逃れられずに、そこをどうにかしたいと思い、
様々なカウンセリングとセラピーを学び、
現在カウンセラーになったという方からお話を伺いました。
お話を聞いていて、過去があったから、今こうして仕事をされていることに
素晴らしい方だな、と思いました。
自分の場合は、まだ、過去に囚われることもありますが、
どんどん過去の記憶が「これで良かった!」に更新中です。
不思議とその方がカウンセリングをされているクライアントさんと
同じような状況が自分にもあり、自分事として聞かせてもらいました。
自分の中に、一点でも曇った心がないのか
命が蘇ってきているのか
まだ実践が足りないところはどこなのだろうか?
そんなことを考えながら聞いていたら
「のうのうと生きているくせに!」という言葉が浮かびました。
その瞬間、母のことを思い出しました。
のうのうと生きている
この言葉に、まだまだ母にご恩を返していないことに気づきました!
すぐ主人に話をし、来月の母の誕生日に食事に誘いたいと伝えたのです。
「へ~、自分からそういうことを言うなんて、珍しいね!」と
主人も驚いていたのですが、母も78歳です。
昨年の母の日の前に脳梗塞で倒れて
その時も食事会が出来なかったので、
ある意味、愛のリベンジです♪
こうして母の誕生日を祝えるのも本当にありがたいことですm(_ _)m
私たちはオギャと生まれたときに、お父さん・お母さんのもとに生まれます。赤ちゃんのときには何もできません。お母さんからおっぱいをもらって、お父さんは一生懸命働いて仕事をして、そして、その家に住んで、それで生活をして生きています。親の庇護の下で生きています。
学校にも行かせてもらって、そして社会に出るまでは、親の元で過ごしています。ほとんど何一つ、恩返しらしきものをしているとは言えない。でも、親はほとんど無償の愛で子供を育てます。
もし恩返しが出来るとしたら、大人と子供が逆になってくる時。親は段々段々年を取って、子供のように一時のバリバリした動きはできなくなってきます。段々段々、動きも鈍くなってきます。頭も働かなくなってきます。お金も稼げなくなってきます。そうなった時に、今度は子供の出番です。今まで育ててもらった恩返しをする絶好のチャンスだということです。
そういう捉え方をしたときに、世の中はもう少しバランスが取れて、もう少し良い世の中になるでしょう。そして、その心は、そのまま普通の仕事にも家庭生活にもそのまま使えるということです。見えないものの「お陰様」という姿勢です。私たちは、お世話になったと分かることだけ記憶しているけれど、実は分からない見えないものに支えられて生きているということです。だから、「お陰」というのです。陰の力です。その陰の力を知ることが、これから大事になってくるでしょう。
佐藤康行
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