多澤優のブログ
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長崎魂の鐘3

原爆資料館を後にして、バスに乗り込もうとしたときにふとバスのナンバーを見てびっくり!!

 

 

1102

 

 

 

主人に「これって原爆投下の時間だよね!?」

 

 

 

主人が驚きすぎてバスガイドさんに「長崎の観光バスは全部、このナンバーなんですか?」と訪ねていました。

 

 

 

 

 

バスガイドさん自身も知らなかったようで「あれ?え?本当だ・・・これは偶然ですね!驚きました」

 

 

 

 

その後バスの中でガイドさんが永井先生の書籍の一部を暗唱し、その後「長崎の鐘」を歌ってくれました。

 

 

 

もう、涙が止まらず・・・・鼻水がたら~り・・・・

 

 

 

 

永井先生が亡くなるまで暮らしたという如己堂と永井記念館をバスの中から見て、

バスの旅は終わったのです。

 

 

長崎には普段使用していないバックを持って行きました。

 

 

 

そのバックにはロゴが入っていて、10年ほど前に購入したものの猫がおしっこを引っかけても気づかないくらい

押し入れの奥に入っていたものです。

 

 

 

イタリー製のようで、そのロゴをふと調べてみるとなんとその意味が「教会」でした。

 

 

 

 

 

その教会に関わることがまたしてもシンクロで起きたのです。

 

 

(つづく)

 


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長崎魂の鐘2

「4泊5日かぁ・・・・長すぎるなぁ!疲れるし」

 

 

そんな主人の不安と心配をよそに「さぁ、行くよ!」と出発をしました。

 

 

日本一早いさくらの開花宣言と、意味不明の道路の冠水を目の当たりにし、その間、「この長崎に身を置いていることが一番の目的」という思いが、ふつふつを湧いて来ていました。

 

 

 

観光バスを予約して、原爆記念館や大浦天主堂、グラバー邸などを見て回りました。

 

 

 

平和公園では、私たちが到着すると「原爆を許すまじ」の音楽が流れました。

毎日、原爆投下の11時02分に流れるのだそうです。

 

 

35年ぶりの平和祈念像は新しく色が塗り直されたらしく、テカテカと光ってました。

 

 

 

次に原爆資料館へ

 

 

 

 

時計の音が「カチカチ・・・・カチカチ・・・・」なっていたのが印象的でした。

 

 

 

 

 

原爆当時の町並みや、写真がありましたが、空間がとても暖かく愛おしく、

なぜか心が喜んでいました。

 

 

 

 

そして、永井隆先生の写真や、言葉が目に飛び込んで来たときは、ただただ感激しました!

 

 

 

永井先生は沢山の著書を残されていますが、一文字書いては、息を整え、また一文字書いては息を整え、亡くなるまでその手に持たれていた鉛筆を見て、魂が震えました!!

 

 

 

小さく小さくなっていた鉛筆

 

 

その鉛筆が永井先生の思いをこの世に残す唯一の手段だったと思ったとき、強烈な使命感が私の中から湧き出てきました。

 

 

 

私はこんなに恵まれているのに、まだまだ全てを出し切っていない!

まだまだやれることがある!

 

 

 

残さなければ・・・・

 

 

 

何かが強烈に私を突き動かしてくれているという確信

 

 

 

 

そして「長崎の鐘」が頭の中に流れてきました!!

 

 

 

 

佐藤先生から、何回も何回もこの曲を聴いてみること、というお話がありましたので、

毎日毎日、聴いていました。

 

 

 

すると、あるとき声がきこえて来ました。

 

 

 

 

 

「戦没者、過去のすべて、未来の希望の光が、佐藤先生を喜びでお待ちしています!」

 

 

その瞬間、涙が溢れて止まらなくなりました・・・・・・

 

 

 

 

 

(つづく)


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長崎魂の鐘

4泊5日で長崎魂の鐘 佐藤康行講演会に行って参りました。

 

 

もちろん、主人と二人です。

 

 

 

 

 

長崎の地は、35年ぶりでした。

 

 

 

その間、長崎はずっとずっと私の中にあり続け、

隠れキリシタン、平戸、出島、遠藤周作・・・・

切っても切れないものがありました。

 

 

 

そして、今回は戦争というテーマがてんこ盛り!

 

 

 

35年前は平和公園にどうしても行きたい!という感じでした。

 

 

 

 

理由は分からなかったのですが、今回の旅で全てがひとつながりになった感覚を味わいました。

 

 

 

 

もちろん、35年前は主人ともまだ出会っていませんでしたし、結婚して33年が経とうとしていますが、結婚してからの壮絶人生は全て「戦争の後遺症」という現象が、我が家にはなだれのごとく起き続けたのだと確信をするに至りました。

 

 

講演会では突然の指名をいただきまして、数年ぶりで体験談をお話させていただくことになりました。

 

 

 

私に引き続き主人のトークで会場が大爆笑の渦になりました(笑)

 

 

 

夫婦漫談

 

 

 

数名の方にそうおっしゃっていただいたのですが、私たち夫婦は全くそんなつもりはなかったのです^^

 

 

 

ただ、今回主人の話を聞いて、初めて知ることがあり、「この人に残りの人生で恩返しをするんだ!」と自分の心に戦争の後遺症の終止符をうつ決意をさせていただきました。

 

 

佐藤学長、ただただありがとうございますm(_ _)m

 

 

 

長崎で起きたことをもう少し書いてみようかなと思っています。

 

 

(つづく)

 

 

 

 


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